有限を自覚する
人が生きられる時間、1日に使える時間とエネルギー、わたしに今日、今週、今月、今年、この一生でできること、どれも有限であることを自覚できるといいなぁと思う。
“無限の可能性”のような言葉の方が夢があるし、有限ときくとネガティブに感じてしまうかもしれないが、事実それらは有限である。
明日死ぬと決まっていたら、目の前の食事をしかめっ面をしながら食べるだろうか。
今年で現役を引退すると決まっていたら、残された時間をかけがえのない時間にしたいと努力するだろう。
毎年当たり前のように出ている大きな大会。本当は、予選で負けてしまったらその大会はないのだと自覚していたら、小さな事は放っておいてでも、どんなにかっこ悪い姿になったとしても、必死で勝ちをとりにいくだろう。
先日、衣類乾燥機を購入した。
子どもと過ごす時間、わたしが一日使える時間とエネルギーは有限であると自覚する出来事が重なった。
その有限のなかで、家族で穏やかに過ごす事とこの仕事に、注ぐ時間とエネルギーを増やしたいと思った。
それが手に入れば、ひとつひとつ手作業で干す洗濯物の仕上がり、電気代、洗面化粧室の空間美はなくてもいいと思った。
競技の話も暮らしの話も、同じである。
有限を自覚すること、自分がどうありたいかを明確にすることで、満たされた毎日を送ることができるのではないかと思う。
そんな毎日を積み重ねていった先に、想像もしていなかった自分へ、辿り着くのではないかと思う。
日髙 聡子
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